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里山の現状は、いま



今回は足利を含む両毛地域の「里山」の現状とこれからについて、日本の木材を使ったドラム製作をしている森下さん(株式会社middlecentre代表)にお話を伺いました。

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――山を所有されている、と伺っていますが、どの山が森下家の山なんでしょうか?

(森下さん:以下敬称略)::あっちの方に少し高い山があると思いますが、あの山の7割くらいはうちのものですね。あとは(と言って、家から少し離れたところにある山を指さして)この裏とか、もうちょっと離れたところの山の一部も…。

――そんなにたくさん(笑)! さきほど「山の7割」というお話をされましたが、山は「山単位」で所有者がいるわけではないんですね。

(森下)そうですね。ひとつの山に所有者が何人かいることの方が多いのではないでしょうか。山を歩くと、他よりも木の間隔が狭く植えられている所が境界線になっていたりします。また、境界を示すために杭を打つこともありますね。

――所有されている山の手入れは、森下さんがされているんですか?

(森下):父が数年かけて山に手を入れ終えたので、私自身はまだ手入れはしていません。でも、次の手入れのタイミングでは私がやることになるかもしれませんね。山の手入れは毎年やらなければいけないわけではないんです。山の規模や木の状態にもよりますが、一度きれいにしたら2~3年くらいは放っておいても大丈夫。とはいっても、山をいくつも持っている方は順番に手を入れるはずなので、結局毎年どこかの山の手入れをしている…という状態にはなりますが。

――山の手入れとは、具体的にどんなことをするのでしょうか?

(森下):まずは木を整理する、という意味での間伐。針葉樹の場合、木に巻きついたツタ取りも重要ですね。ツタが絡みすぎると、本体の木を枯らしてしまうので。広葉樹の場合は、伸ばしたい木以外のいらない芽を刈り取るという作業もあります。枝払いもしますが、広葉樹の場合はまだ若い木の邪魔な枝を払い、針葉樹の場合は枝が節になってしまうため、木材としての価値を保つため(※)に枝を払う…というように、枝を払う理由が少し違います。
※無節材は高額取引されるため

――山の手入れは、いつ頃行うのでしょうか?

(森下):夏山は獣が出たりハチもいたりしてとても危険なので、普通夏は山には入りません。このため夏以外の10月下旬ころから6月くらいまでが、山に入るシーズンになります。


(写真…お話を伺った森下さん)

――森下さんは小さい頃からこのあたりの山の中で育ってきたのでしょうか?

(森下):7歳くらいまではここ(佐野市の山間部)で過ごしたんですが、その後父の仕事の関係で盛岡に引越し、高校時代は宇都宮、大学は東京、そして26歳ころにまたここに戻ってきました。ですのでずっとこのあたりで育ったわけではないですが、それでも小さい頃は山の中でよく遊んでいましたね。今思うと山の中で結構危険な遊びもしていましたが(笑)、でも、楽しかったな。

――森下さんの子どもの頃と今とで、山に「変化」はありましたか?

(森下):獣と人との距離がとても近くなってしまいました。昔は山と家、山と田んぼの間に人がきちんと手を入れていたので獣は里まで下りては来ませんでしたが、今は手を入れる人の数が減ってしまい、境界線があいまいになってしまったこともあって、獣が人家のすぐ近くまで来られるようになってしまっています。


(写真…山と畑の間を仕切る金網。いわば、人と獣の境界線)

――人の住む家があり、その裏側が山、家の前が畑や田んぼ…という景色は「里山」の代表的な風景だと思うのですが、里山とはそもそもどんな場所なんでしょうか。

(森下):人の手が入っている山間部の地帯一帯を「里山」と呼んでよいのではないでしょうか。

――でも、その「里山」に手を入れる人が少なくなってしまったんですね。その原因はなんですか?

(森下):山が荒れるわかりやすい原因は林業の衰退で、これは両毛地域全体で起こっていることです。日本の林業といえば杉やヒノキ、松を建材として売るのが一般的ですが、国産の杉やヒノキは価格の安い海外製品に押されて需要が伸びていません。出荷できなければ林業は成り立ちませんし、林業が成り立たなければ木を育てていた山も荒れてしまいます。田んぼや畑については、後継者がいないという問題も大きいですね。私の家の周りも、空き家になっている家が何軒かあります。その家に住んでいた方は今も家や庭の手入れには来ているようですが、田んぼや畑の手入れまで十分にできない方々もいて、人の手が入らない畑や田んぼがあちらこちらにできてしまっています。

――「里山」の荒廃は、山間部の過疎化などともつながる問題なんですね。この現状はどうしたら変えられるのでしょうか?

(森下):山に関して言えば、道具があるかどうかだけでも全然違ってくると思います。山で木を切るのは簡単ですが、運び出すのがとても大変なんです。なので木を運び出す時に使える道が整備されたり、人がラクをできるような重機が手に入るだけで、山の手入れは格段にしやすくなります。「里山」全体について言えば、まずは山に興味を持ってもらうこと、そして現状を知ってもらうことが大切ですね。花粉症で悩んでいる人が多い日本では杉は悪い木のように言われがちですが、ここまで杉が増えてしまった裏側には、高度経済成長期に杉を植えすぎてしまったこと、その後林業が衰退して多くの杉が放ったらかしで山に残ってしまい、でも誰も手を入れていない…という現状があります。こういった現状を知ってもらい、山や森に興味を持つ人が少しずつでも増えていけば、状況は変わっていくのではないでしょうか。山に入るにもノウハウが必要ですが、今現役で山に入っている人は70代くらいの人が多い。私たち30~40代の人たちが、こういうお年寄りから学べるような仕組みも必要ですね。

――佐野や足利の山間部の原風景は、ぜひ残していきたいですね。

(森下):特に足利は、広葉樹がたくさん生えている山が残っていて、これはとても貴重です。山や森は川を生み、その川は海へと注がれます。すべてがつながっていて、そのつながりの中で山が果たす役目は非常に重要です。山がダメになったら他の自然もダメになるんだ、ということを、私たちはもっと考えてもよいのではないでしょうか。


※この記事に掲載されている情報は取材当時(2013/09/19)のものです。お気づきの点があれば、「あしかがのこと。」編集部へお問い合わせください。

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satoko motegi

satoko motegi

足利生まれ、足利育ち。坂西地区出身・在住。 大学・社会人時代は神奈川と東京で過ごすも、長女の出産を機に足利に戻り、現在は東京(職場)と足利を行ったり来たりの生活を送る。 二児の母。

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